生協の歴史 5
1つには恐慌のなかでの生協の経営問題、もう1つにはICAの加入資格の問題から、生協原則について数年論議が重ねられたのち、1937年にそれが世界的に確認されてきたのです。
これが最初の理念論争だったといえます。
理念論争は1960年代にいたって再燃しました。
今度はことの始まりはソ連から生じました。
ソ連邦も協同組合を広範にもち、ICAに加入しています。
そのソ連邦の協同組合から議論が起こってきたのです。
当時、ソ連はマルクス・レーニン主義という特定のイデオロギーをもっていましたが、ICAの基本原則の第5には「政治的・宗教的中立」という条項がありました。
組合は宗教だけでなく政治にも中立であって、特定の政治とか政治イデオロギーと結んではならないというものです。
この条項はソ連にとって不都合でした。
このため、1963年、ソ連から修正動議が提出され、論議ののち、1966年にようやく妥協が成立したのです。
その結果、「政治的・宗教的中立」が削除され、代わりに生協の「国際的な連帯」をうたう条項、生協は国際的にお互いに連帯していき、協力しあっていく、という条項が入ってくることになりました。