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2010年12月 アーカイブ

昭和から平成へ 3

会社に入って宴会になっても、男たちの同期生は軍歌なぞ知らない、歌わない人間がほとんどだった。

自転車はいまにして思えば特別のものだった。

中学に入ったばかりの頃自転車を持つのはまだ高嶺の花であった。

現在の中国のように、まだ大人が自転車で通勤し、バタバタと大きな音を出す原動機付きの自転車が大人にとっても憧れの頃だ。

子供たちはみんな自転車に憧れていた。

ある日、学校の仲間が自転車を買ってもらったと友達にみせびらかした。

その男の子の家は裕福な家ではないので、皆が唖然としたのだが、やがてそれは盗難車だ、とわかった。

新聞に自転車泥棒の記事がでる時代であった。

不幸にして彼の場合は友人も学校も知るところとなり、小さな田舎町のことで、少年はグレ、やがて家族そろって故郷を出た。

以来同窓会に姿を見せることもない。

たった一台の自転車が彼の人生を変えたのだろうか、と捨てられた自転車を見て、男は感慨にふけるのだ。

イタリア映画『自転車泥棒』が同じ敗戦国の庶民の悲哀を描き、共感されたのは当然であった。


今、『自転車泥棒』なんて知っている人、少なくなってしまったんだろうな…。

昭和から平成へ 4

男は職を求あて東京に出てきた。

高度成長期には、毎月残業が一〇〇時間近くなった。

だが働いただけの時間外手当をもらった記憶はないし、病気のとき以外に休みなどほとんどなかった。

だが働いても生活は楽ではなかった。

自転車といえば、男は長男が四歳のとき、真新しい自転車をボーナスから工面して買ってやった。

ところがこの自転車がすぐ盗まれた。

男にはもう新しい自転車を買ってやる余裕はない。

そんなとき、新聞のチラシ広告に"処分自転車を安く売り出す"という記事を見つけた。

男は電車に乗って中古の「訳あり自転車」を女房と買いに行ったのだ。

自分の大事な息子を乗せる自転車が盗品か、置き忘れの中古なのか、男は甲斐性のなさを恥じたのだ。

たった一台の自転車が自転車でとどまれない、そんな物語がテレビにも、洗濯機にも冷蔵庫にもあるのだ。

"国、企業豊かにして、民貧し"というのが、男の偽らざる実感ではある。

戦後、日本が世界一級の経済大国になったことは疑いようもない。

たしかに国そのものは経済的に豊かになったものの、人の心はそうでもないように思いますね。

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