昭和から平成へ 7
国際価格に二倍近い物やサービスを広告と宣伝で売りつける使い捨ての社会。
物は溢れているが、もうこれ以上耐久消費財を狭い部屋に詰め込んでも、人生の豊かさには関係がないことみなが知ってしまった。
わずかの貯金をしても、それを"濡れ手で粟"で根こそぎ持っていく、企業社会の仕組みが出来上がってしまったのだ。
民主主義とか、市場原理とか、私権の尊重とか、看板は立派だが実際は、理想や公平を貫くことや企業活動や私権を統御し、制限することを政治は怠った。
特定の企業と個人の既得権を温存し、真面目に働く人間が住む家も手に出来なくしてしまった。
結局、昭和は戦前も戦後も大部分の庶民にとっては、滅私奉公の時代だったように見える。
昭和の時代の経済の兵士達はすでに年を重ね、今、成算のない人生に疲れ病んでいるのではないか。
滅私奉公の中に喜びも楽しみも捨てて会社人間に埋没している間に、また政治のツケを払わされた。
そんな貧しさと哀しみが、昭和を支えた男たちの胸には一杯詰まっているのだ。
太平洋地域だけで二〇〇〇万人もの血を流して悟ったこと、あの戦争の清算も、経済の成功の報酬も、この国の民は「昭和の時代」には手にできなかったのではないか。
「兵よ休め!自分に帰れ!家庭に戻れ!」。
だれが言ってくれるでもない言葉を、男は自分に言って聞かせた。
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