生協の歴史 4
生協の理念論争が最初に生じたのは1930年代で、レイドロウによるとこの時期は「経営の危機」の時代でした。
30年代は、大恐慌が世界を襲った時期であり、危機に陥ったのは生協だけではありません。
ほとんどの企業が経営上の危機に遭遇したのです。
生協においてもまた、「このやり方でやれるのか」ということが問題になってきたのです。
これは原則の問題にもかかわってきます。
さらに、前世紀末から協同組合の国際組織であるICAができていましたが、これには協同組合であればどんな組合でも加入できるというわけにはいかなくなりました。
加入するには相応の条件を満たすものでなければならず、その必要条件すなわち加入資格をめぐって、原則的・規則的なものを作らなければならなくなったのです。
こうして1930年代に原則問題が論議されるようになったのです。
そして論議の末、1937年にこの原則、すなわちICAの原則が確立しました。
いわゆる「ロッチデール原則」として知られているものです。
これは、ロッチデールの最初の先駆者たちの組合で採用されていたやり方を、改めて国際的に確認したという性格をもっています。
例えば、組合員公開(加入.脱退の自由)とか、民主的運営(1人1票)とかいった原則が7つほど決められ、これが国際的・世界的な統一原則として正式に確定されたわけです。
